日本におけるふぐ食の歴史・後半

こんにちは。

本日は前回に引き続き、に日本におけるふぐ食の歴史・後半をお送りいたします。

安土桃山時代に豊臣秀吉によって突然禁止されてしまったふぐ食ですが、ついに解禁の日を迎えます。

◯ ついに解禁されたふぐ食

明治時代になり、初代総理大臣の伊藤博文が下関を訪れた際、春帆楼というお店へ立ち寄りました。その日はあいにく海がしけていてお出しする魚がなく、女将が意を決して禁止されているふぐを出したところ、その美味しさを絶賛し、ふぐ食が解禁される事になりました。

◯ 養殖とらふぐの登場

昭和に入ると、ふぐの取り扱いに関する条例が定められるようになり、ふぐの販売も可能となります。しかし、天然とらふぐの漁獲量が減少し、次第に値段が高騰していきます。1964年に山口県でとらふぐの養殖が始まり、現在では天然とらふぐの水揚げ量を上回るほど養殖とらふぐが普及しています。

ふぐ食の歴史を調べてみると、長年食べる事を禁止されていたのが味の良さで解禁されるほど、ふぐは魅力的な味だという事が分かりますね。遠い昔から日本人に愛され続けてきたふぐを食べるなら、是非当店のとらふぐをお召し上がりください。おすすめのとらふぐ満喫セットは、刺身・鍋がセットになった豪華なセットです。

猛毒を持つゆえに、他の魚とは違う波乱万丈なふぐ食についてお届けいたしました。
前半・後半と長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。

今後も「内野屋」をどうぞよろしくお願いいたします。

とらふぐのお取り寄せなら「内野屋」

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