有名な俳人とふぐ

こんにちは。

皆さん、ふぐは大昔から食べられていた事をご存じでしょうか。日本では縄文時代の貝塚からふぐの骨が出土した事から、当時からふぐを漁獲して食べていた事が分かります。歴史の教科書に載っている有名な俳人も、ふぐを使った俳句を詠んでいるので、本日はその一部をご紹介したいと思います。

◯ 小林一茶

小林一茶は、江戸時代を代表する俳人の一人で「やせ蛙まけるな一茶これにあり」などの代表作がありますが、生涯で20000句以上もの俳句を詠んでおり、その中にふぐを使った俳句がいくつか含まれています。

・「五十にて河豚の味を知る夜かな」

この俳句は、50歳にして初めてふぐを食べた一茶が、ふぐがこんなに美味しいものだったとは知らなかったという気持ちをそのまま表現した俳句です。

・「河豚食わぬ奴には見せな富士の山」

当時は毒を恐れてふぐを食べない人もいたのですが、ふぐを食べる勇気もない奴に富士山を見る資格はないと俳句で表現するほど、ふぐの味に惚れ込んでいました。

◯ 松尾芭蕉

小林一茶よりも少し前の時代に活躍した松尾芭蕉は、おくのほそ道を書いた俳人として有名です。小林一茶はふぐの味を賞賛する内容の俳句を詠んでいましたが、侍に仕えていた松尾芭蕉はふぐを食べる事に対して批判的な俳句を詠んでいます。江戸時代、武士はふぐ食を禁止されていた事が松尾芭蕉の俳句に影響していると考えられています。

・「あら何ともなや昨日は過ぎて河豚汁」

河豚汁とは、ふぐが入った味噌汁の事です。この俳句は、昨日ふぐを食べたが何ともない。ホッとしたものの、昨日の思い詰めは何だったのか。馬鹿馬鹿しい。という意味があります。

・「河豚汁や鯛もあるのに無分別」

鯛という美味しい魚があるのに、なぜ危険をおかしてまで毒のある河豚汁を食べるのか。という意味の俳句です。ふぐを食べる人を批判しつつ、自分もふぐが食べたいという羨ましい気持ちが伝わってきます。

ふぐが美味しい事はみんな知っていたので、きっと松尾芭蕉もとらふぐの刺身や鍋を食べたかったのだと思います。当店では、すぐに料理できるとらふぐの詰め合わせを販売しています。歴史上の人物にも影響を与えたとらふぐを、是非ご家庭で味わってください。

本日もふぐに関する読み物として長々となってしまいました。
読んでいただきありがとうございました。

今後も「内野屋」をどうぞよろしくお願いいたします。

とらふぐのお取り寄せなら「内野屋」

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